この古墳は、福山市加茂町下加茂の正福寺裏山にあった古墳を、粟塚古墳の丘公園へ移築したものだ。
古墳の全景。
堅穴式石室(手前)と暗渠排水溝。
これは、竪穴式石室。
堅穴式石室の側壁は、天井に近づくにつれて石材を徐々に持ち送り、内傾させていると説明有り。
「持ち送り」とあるのは、クメール遺跡のせり出し構造とよく似ている。
但し、クメール遺跡の場合は、せり出しアーチ構造で屋根を造っているが、この古墳の場合、内壁を内傾させた目的は何か、私には理解できてない。
これは、竪穴式石室を、上記の写真と反対側から見たところ。
これは、暗渠排水溝。
「石室床面中央には、雨水を墳丘外に出す暗渠排水溝・・・」と説明があるが、石室床面中央に排水用の穴があったかどうかまで確認できてない。
古墳の周りに柵があり、そう言う排水穴まで確認できないかもしれないが、今度行った時に見てみよう。